べらぼうに出てくる「足抜け」とは?世界一わかりやすく解説!

べらぼうに出てくる「足抜け」とは?世界一わかりやすく解説!
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NHK大河ドラマ『べらぼう』を見て、「足抜けって何?」と気になった方も多いのではないでしょうか?

あまり聞き馴染みのない言葉だわ・・

この記事では、

・「足抜け」の意味を世界一わかりやすく解説
・「足抜け」とは? 蔦重と瀬川(小芝風花)の「足抜け」シーンから解説
・「足抜け」とは? うつせみと新之助の「足抜け」シーンから解説

という内容で、「足抜け」の意味と、NHK大河ドラマ『べらぼう』の足抜けシーンについて徹底的に解説します。

ぜひ最後までご覧くださいね。

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目次
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「足抜け」とは?世界一わかりやすく解説

足抜け」とは、

江戸時代において、遊女が吉原遊郭から逃げ出すことを指す言葉です。

遊女たちは厳しい管理下に置かれ、年季が明けるまで自由に外出することが許されていませんでした。​

そのため、恋愛や自由を求めて逃亡を試みることがありましたが、捕まった場合は厳しい罰を受けることが一般的でした。

NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』でも、この「足抜け」をテーマにしたエピソードが描かれています。​

第9回では、遊女・うつせみ(小野花梨)と小田新之助(井之脇海)が足抜けを試みるも失敗し、うつせみは厳しい折檻を受けるという展開がありました。 ​

その後の第12回では、再び足抜けに挑戦し、今度は成功を収める様子が描かれています。

これらのエピソードを通じて、当時の遊女たちの過酷な状況や、自由を求める切実な思いが描かれています。

「足抜け」は、江戸時代の社会や文化を理解する上で重要なテーマの一つと言えるでしょう。

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「足抜け」とは? 蔦重と瀬川(小芝風花)の「足抜け」シーンから解説

大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第9回「玉菊燈籠恋の地獄」では、蔦屋重三郎(横浜流星)が遊女・瀬川(小芝風花)への思いを自覚し、彼女を吉原から連れ出そうと計画(足抜けの計画)をします。

​蔦重は瀬川に通行手形を渡し、共に吉原を抜け出す意思を示しますが、瀬川はその手形を半分に裂き、蔦重に返します。​

翌朝、瀬川は蔦重に対し、

「この馬鹿らしい話を重三がすすめてくれたこと、わっちはきっと一生忘れないよ。とびきりの思い出になったさ」

と告げます。

​この言葉から、瀬川が蔦重の提案を断りつつも、その気持ちに深く感謝していることが伝わります。​

瀬川は蔦重の提案を受け入れることが「足抜け」に該当し、捕まれば重い罰を受ける可能性があることを理解していました。​そのため、彼女は蔦重の気持ちを嬉しく思いながらも、現実的なリスクを考慮して提案を断ったのです。​

このエピソードは、遊女たちが直面していた厳しい現実と、彼女たちの内面の葛藤を描いており、視聴者に深い印象を与えました。

瀬川が蔦重の「足抜け」計画を断った際のセリフは、
何とも切ないですね・・

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「足抜け」とは? うつせみと新之助の「足抜け」シーンから解説

うつせみと新之助の「足抜け」シーンも振り返ってみましょう。

第9回:「玉菊燈籠 恋の地獄」

この回では、うつせみと新之助が吉原からの「足抜け」(脱出)を試みます。​

新之助は蔦屋重三郎(横浜流星)に、うつせみの身請けについて相談しますが、彼女の身請け金が300両と知り、途方に暮れます。​

新之助は

「花魁にとって金のない男の懸想など、幸せになる邪魔だてでしかないのかもな」

と嘆きます。​一方、うつせみは新之助に会いたいあまり、自ら揚代(遊女と遊ぶ際の代金)を支払い、逢瀬を重ねていました。​

そのため、嫌な客でも相手にしなければならず、ある客から「起請彫(きしょうぼり)」と呼ばれる入れ墨を強要されます。​

新之助は、そんな状況からうつせみを救い出したいと考え、二人での足抜けを決行しますが、計画は失敗に終わります。​

捕らえられたうつせみは、女将のいね(水野美紀)から厳しく叱責されます。​

いねは、

「こんなやり方で幸せになれるわけないだろ。この先、どうやって暮らすつもりだったんだい。追われる身になって、どこに住むんだ。人別(戸籍)は?食い扶持(くいぶち※自分が食べていくための手段や収入源)は?あいつはあんたを養おうと博打、あんたはあいつを養おうと夜鷹(下級の売春婦)。成れの果てなんてそんなもんさ」

と現実の厳しさを突きつけます。

このように、足抜けを成功させることは非常に困難で、多くの場合、捕らえられて厳罰を受ける結果となったようです。

第12回:「俄なる『明月余情』」

第12回では、吉原で「俄(にわか)」と呼ばれる祭りが開催されます。​

この祭りは、吉原全体が賑わう一大イベントで、多くの人々が集まります。​

その喧騒の中で、うつせみ(小野花梨)と小田新之助(井之脇海)は偶然の再会を果たします。​前回の足抜け失敗から約2年が経過しており、二人は再び共に生きる道を模索します。​

祭りの最中、松の井(久保田紗友)はうつせみに対し、

「新さま(新之助)来るかもしれんすな」

と囁きます。​これに対し、うつせみは

「そんな……もうわっちのことなぞお忘れでありんしょう」

と答えます。​

しかし、二人は祭りの喧騒に紛れて再会し、今度こそ足抜けを成功させます。​

松の井は二人に

「祭りに神隠しはつきものでござんす。お幸せに」

と告げ、彼らの新たな旅立ちを祝福します。

この再会と足抜けの成功は、当時の遊女たちが直面していた厳しい現実と、自由を求める切実な思いを象徴しています。​また、愛する人との新しい人生を求める二人の強い絆と勇気が描かれており、視聴者に深い感動を与えるシーンとなりました。​松の井の「祭りに神隠しはつきものでござんす」というセリフは、祭りの混乱に乗じて二人が姿を消すことを、まるで神の仕業であるかのように表現し、彼らの足抜けを暗に支援するものとなっています。​

このように、第12回の再会シーンは、「足抜け」というテーマを通じて、登場人物たちの深い感情や当時の社会背景を巧みに描いていますね

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まとめ

今回は、NHK大河ドラマ「べらぼう」によく出てくるワード、「足抜け」について、

世界一わかりやすく解説してみました!

いかがでしたか?

・「足抜け」とは、江戸時代において、遊女が吉原遊郭から逃げ出すことを指す言葉
・「​足抜け」が発覚した場合、遊女は厳しい罰を受けることが一般的で、逃亡を助けた男性も重い処罰の対象となった
・「足抜け」を成功させることは非常に困難で、多くの場合、捕らえられて厳罰を受ける結果となった

ということがわかりました。

大河ドラマ「べらぼう」は、まだまだ続きますので、最後まで楽しんで視聴していきましょう!

最後まで記事をお読み頂き、ありがとうございました!

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