2026年1月1日。新しい時代の幕開けを告げる元日の空の下で、日本の放送史に巨大な足跡を残した一人の表現者が、静かにその幕を引きました。
フリーアナウンサー、久米宏さん。享年81。
訃報とともに明かされたのは、最期まで貫かれた「久米宏としての美学」と、それを最も近くで支え続けた妻・麗子さんとの、あまりに深い絆の物語でした。
「久米宏」という作品の共同制作者
久米宏さんといえば、スマートなスーツ着こなしと、時代を射抜くような鋭い言葉が印象的でした。しかし、その「久米宏」というキャラクターを形作っていたのは、他ならぬ妻・麗子さんだったことは有名な話です。
麗子さんはスタイリストとして、久米さんの衣装のすべてをコーディネートしていました。それは単なる服選びにとどまらず、番組のコンセプトやその日のニュースの空気感に合わせ、ときにはスタッフ以上に厳しく「見え方」をプロデュースしていたといいます。
久米さん自身、かつて「自分は妻の操り人形のようなもの」と冗談めかして語ったことがありますが、そこには全幅の信頼を寄せる戦友への敬意が込められていました。
子供を持たない、二人きりの濃密な時間
世間が大家族や家庭的な姿を理想とした時代にあっても、お二人は「子供を作らない」という選択を公言していました。
それは、お互いが人生の唯一無二のパートナーであり、一対一の人間として向き合う時間を何よりも大切にしたからに他なりません。
私生活をほとんど明かさなかった二人ですが、仕事が終われば真っ直ぐに自宅へ帰り、麗子さんの手料理を囲む。
そんなシンプルで濃密な二人きりの時間が、世論に流されず、常に独自の視点でカメラを見つめ続けた『放送記者・久米宏』の揺るぎない背中を支えていたのでしょう。
最後の「乾杯」と、美しき終止符
今回の訃報の中で、多くの人の心を打ったエピソードがあります。肺がんを患い、療養生活を送っていた久米さんは、最期の瞬間に大好物だったサイダーを手に取りました。
麗子さんが見守る中、そのサイダーを一気に飲み干して、彼は旅立ったといいます。
それは、18年半続いた『ニュースステーション』の最終回、スタジオでビールを飲み干して「じゃあ、さよなら」と去っていった、あの鮮烈な引き際を彷彿とさせるものでした。
人生という名の生放送を終える瞬間まで、彼は久米宏であり続け、麗子さんはその最高の観客であり、演出家であったのです。
葬儀は遺族の意向により、すでに近親者のみで営まれました。どこまでも潔く、どこまでも夫婦の絆を感じさせる幕引き。
久米宏さんが残した言葉の数々は、これからも私たちの記憶の中に生き続けます。そしてその言葉の傍らには、常に寄り添い続けた麗子さんの存在があったことを、私たちは忘れないでしょう。
心より、お悔やみ申し上げます。
